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代表取締役  田中 慎也

創業1949年
大工の伝統技術と志を継承してきた会社だから、
いい家が建つ!
幸せになる家づくりをすることが、私の使命です!

私が高校生だった頃の
ことです

今の経営理念の根本になるような衝撃的な出来事がありました。
それは、父が手掛けた家づくりにおいてです。

小さなお子さんが3人いらっしゃる若いご夫婦でした。
仲のいいご家族で、日曜日には、私の自宅に来て、一緒に野菜をとったり、バーベキューをしたり、子供たちが嬉しそうにはしゃいでいたことが今でも目に焼き付いています。

ご主人様は、とても気さくな方で私のことも可愛がってくれました。
「父は、とてもいい関係でお客様とお付き合いしているなぁ~」と、思っていました。

しかし、数年たったころ
つらい事件が起こりました。

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遊び場は大工の作業場

いつの間にか、そのご家族が私の父が建てさせて頂いた新築住宅から居なくなってしまったのです。
人が居なくなった家からは、子供のはしゃぎ声1つ、もの音1つしません。

「なぜ? 家も新築してあんなに幸せそうだったのに・・・」

風のたよりでは、「夫婦仲が悪くなった」「お金のトラブルがあった」などということを耳にしました。

私は、心にぽっかりと穴が空いたような、とても寂しい気持ちになりました。
それと同時に、私たちに何か出来る事があったんじゃないかと、とても悔しい思いが込み上げてきました。
しかし、高校生だった当時の私には、悶々とする思いがあるだけで、その答えは見つかりませんでした。
しかも、当時の私は自分が、建築の仕事に携わるなんて夢にも考えていなかったのです。

少年のころ、木の臭いがする父が嫌いでした

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父が嫌いでした

私は、唱歌「ふるさと」で知られる北信州で生まれ育ちました。

祖父も、父も大工でしたので大工の家系の長男として誕生しました。
小さい頃から野山を駆け回り、すり傷の絶えないヤンチャ坊主でした。

父は、いつも木の臭いがする作業着で帰宅しました。根っからの職人気質だったので口より先に手が出ます。なぐるぞといった時には既に、ゲンコツが私の頭に落ちた後でした。
日曜も仕事をしていることが多く、一緒に遊んでもらった記憶はほとんどなく、たまのキャッチボールと年に1、2回程度「釣り」に連れて行ってもらうだけでした。

家に職人さんを連れてきて、夜遅くまでお酒を飲むこともしばしばありました。

私は、そんな父が嫌いでした・・・。

物心ついたころの私の遊び場といえば、父の作業場でした。
といっても、遊んでいる訳ではなく、木材加工の手伝いをしていました。
夏休みなどの長い休みの時には、現場で、簡単な作業の手伝いもしました。

実は、そんな生活がイヤだったのです

私の理想は、お父さんは格好いいスーツを着て仕事に行き、休日には私や妹を遊園地に連れて行ってくれるといったよくあるテレビドラマのようなものでした。
そんな生活にあこがれていました。

そんな父親像にあこがれていた私は、中学生の時お世話になった恩師の影響もあり将来は教師になりたいと思っていました。
数学が得意だったので、数学教師になりたいと思っていました。

しかし、大学受験に失敗してしまいました。

数学だけが得意だった私には、
志望校の門は高すぎたのです

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受験に失敗しました

挫折した私は、家が建築業だからという理由と落ちた大学の付属の建築科のある専門学校から
特別に入学許可をいただいたという理由だけで進学しました。

親の跡を継いで、建築の世界に入ろうという気があったわけではないのです。

しかし、専門学校を卒業したあとは、建設会社に就職することにしました。
父の会社とは全く縁のない会社を選び、普通のサラリーマンとして建築の仕事に就きました。

特に、夢も希望もなく就職した会社は、学校などの公共工事やコンビニエンスストアーなどの工事を請け負う会社でした。
私は、その会社で、現場監督として働きました。

工期のない現場や車で2時間かかる遠い現場、
予算のない現場など様々な状況の中でしたが一生懸命に働きました。

しかし、やってもやってもなかなか
「これだという」やりがいを見つけることが
できませんでした。

やがて疲れ果て、やる気が無くなっていきました。
しかし、大学受験を自分の甘さで失敗しているのでここで逃げたら、今度こそどうしようもない人間になってしまうと思い歯を食いしばって頑張りました。

そんな時、私の一生を決定する出会いが
ありました。

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家づくりは幸せづくり

建設会社に入社して3年が過ぎた頃のことです。
1軒の個人住宅の新築工事を担当することになりました。

家族5人で、八百屋を営むご家族でした。

ご主人様は無口で真面目、奥様は、笑顔が素敵な優しい方でした。
まだ20代前半の未熟な私でしたが色々と頼りにしてくれ、相談を持ちかけてくれました。

今まで、お客様の顔が見えない仕事ばかりをしていた私は、直接お客様と接し一緒になって、1つの家をつくり上げていく「住宅建築」の仕事に、大きな魅力を感じました。

そしてもう1つ気がついたのは、自分が何気なくやっていることがお客様にとても感謝され、喜んでもらえたことに対する衝撃でした。

幼いころから大工仕事の手伝いばかりをしていた私は自然と、ある程度の技術が身に付いていました。
棚を付けたり、建具の調整をしたり、ちょっとした修理は、簡単に出来てしまうのです。

お客様にご要望頂くと、その場で、ササッと直して差し上げました。

そのことを、とても感謝されたのです

引渡し後の定期メンテナンスで伺ったときには、色々な修理を頼まれその場でササッと直しました。
そして、感謝される。
それが、私は、嬉しかったのです。

そして気がつきました。

「実は、家を作る仕事は自分に一番あっていて、自分の存在や技術が人の役に立つ天職なのでは
ないか?」

そう思ったのです。

そして、実は心の底では父や祖父が好きで、尊敬していること。
父や祖父がやってきた「家をつくる」という仕事がとても素晴らしいものだと再認識できたのです。

私は、父の跡を継ぐ決意をし、父の会社に転職を決めました。
建設会社入社から、6年半の歳月が経っていました。

父の会社に入社すると私が小さかった頃から可愛がってくれていた職人さん達が皆、喜んでくれました。

小さかった頃から知っている職人さん達が
まだ現役で頑張っていました。


勉強会

私は「職人さんが主役になれる会社」にしたいと思いました。技術はあるけど、マナーと口が悪い。そんなイメージを変えていきたかったのです。そのために「現場のマナー」とか「最新の施工技術」といった職人さんとの勉強会を、年5回のペースで開催するようになりました。

「なんで俺たちが技術以外のことを勉強しなきゃいけないんだ」と、離れて行く職人さんもいましたし、最初は反発もありました。

しかし、私は、頑として譲らず、年5回の勉強会を13年続けました。もちろん今でも続けています。

その結果今では、「私の思いに共感してくれた職人さん」だけが、残ってくれお客様とのやり取りも自ら進んでやってくれています。

「今度工事をするときも、あの職人さんにお願いしたい」と、お客様から言って頂けるようにな
りました。

経営理念に関して、
考えるようになったのもその頃です

そして、高校生だった頃の「あの苦い記憶」を思い出したのです。

幸せだった家族が、ある日突然、新築した家からいなくなってしまう。
どんな事情があったのかはわかりません。

しかし、「無理な資金計画」で、無理な夢の叶え方をしたのではないか?

それがもとで、支払いが出来なくなり、夫婦仲が悪くなってしまったのではないか?
もしそうだとしたら、新築を請け負った私の会社にも責任の一端がある。
そう考えるようになったのです。

「家づくりって何だろう・・・?」
「ただ、お客様の希望する家だけ建てればいいのか・・・?」

普通は一生に一度の家づくりですから、あれも叶えたいこれも叶えたいと、夢は広がる一方だと思います。

それに、何千万円という話の中では、目先の5万、10万が少額に感じてしまう感覚も理解が出来ます。
だからこそ、我々プロが適切なアドバイスをしないとならない。
そして、気がつきました。

「そうだ、お客様は、家という箱だけ欲しい訳じゃない。
そこで暮らす家族との幸せな生活を一番に願っているんだ。

本当の家づくり、それは、ご家族の幸せ、豊かな暮らしづくりのお手伝いをすることなんだ。」

と、確信しました。

そして、出来た経営理念が「木のぬくもり、人のぬくもり、幸せあふれる家づくり」です。

「ご家族の幸せをつくる」ために必要なことはなんだろう。
自分達に出来る事って何だろうと、真剣に考えました。

たどり着いた答えはファイナンシャル・プランと自然素材でつくる木の家でした

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お金の話が大事なのです

ファイナンシャル・プランとは、収入や住宅ローン、保険料や税金等の生涯に渡りかかるお金を計算し、計画を立てる手法です。

「年収が〇〇万円だから、〇〇千万円まで借りられます」というのは、実は間違ったやり方で、実際に月々確実に支払える金額から「家づくり」にかける総額を導き出すことが正しいのです。

私は、家づくりのご相談があっても、いきなり「どんな家がご希望ですか?」とお聞きすることはありません。
それよりも大切な「お金の話」をするようにしています。
つまり、どんなに立派な家を建てても、返済できなくなったり、その後の生活が苦しくなったのでは「家づくりが幸せづくり」にならないと思うからです。

建築の専門家が、最初にお金の話をするなんてと違和感を持たれる方がいるかも知れませんが、どんな家を建てたいかといったこと以上に、

「無理のない資金計画」がとても大事だと知って頂きたいのです。

保険の見直しが必要な時には提携しているファイナンシャルプランナーと一緒に保険を見直し、
相続などの問題が出るときには、提携している税理士や司法書士と一緒に
お客様の幸せづくりのお手伝いをすることもあります。

正しい資金計画を立て実行すれば、
「心の健康」を保てると考えているのです

お金だけで幸せにはなれませんが、お金がないと心に余裕がなくなり、それによって、家庭環境に悪影響を及ぼすこともあると思います。

ですから、私は、「家づくりに関するお金」の話をキチンとすることを大切にしています。
普通の工務店が嫌がる各種の補助金申請も積極的にご提案するようにしています。

工務店にとっては面倒な作業で、知識がないと出来ないことが多いので、「知っていても」提案しない工務店が多いというのが実態です。
しかし、お客様にとっては、必ずメリットがある補助金の話をしないのは、「お客様に対する裏切り」だと私は思っています。

「なぜ、他の工務店は提案しないのか?」

お客様の得になることを提案しない工務店を見ていると、正直腹が立ちます。
私は、「長期優良住宅」や「ZEH(ゼッチ)」あるいは都度発表される新しい補助金等の申請手続きも積極的に行うようにしています。

 

もう一つ大事にしたいと思うのが
「身体の健康を保つ」ということです


心と身体の健康を保つ

木にはフィトンチッドという成分が含まれています。

これには、抗菌、防虫、消臭、癒しの効果があります。

自立神経の安定に効果があると言われ、肝機能を改善したり、快適な睡眠をもたらす効果もあります。

また、珪藻土や漆喰、和紙には、空気中の有害物質や湿気を吸い取ってくれる効果があります。
実は、人は1日約20㎏の空気を吸ったり吐いたりしています。
これは、食べ物や飲み物の5倍の量になります。
つまり、空気が健康に与える影響が大きいということです。

家の空気は、家の建材が作っています

しかし、今普通に建てられている家のほとんどが、
床は合板のフローリング(木を薄くスライスし貼り合せた物)
壁はビニールクロス(湿気を全く吸収しない物)
建具も既製品のプリント合板(偽物のシートを貼った物)です。

いわゆる新建材と呼ばれる偽物の建材です。

ところが、大工や建築のプロが自宅を新築しようとする時は、おそらくほとんどの人が、無垢板や自然素材を使おうとします。

それは、本物の良さを知っているからです。

珪藻土や漆喰といった塗り壁は、雰囲気の良さもさることながら、調湿性や消臭性に優れていて、部屋を快適で健康的な空間に保ってくれます。
そして、無垢フローリングの床材は、豪華なだけでなく、塗り壁と同様に調湿性があり、温もりもあります。

床暖房を使わなくても、冬はほのかに温かく、夏は合板フローリングのようにベタベタすることもないのでサラッとして気持ちがいいのです。

ですが、プロは、お客様に「本物の自然素材」を勧めません。

ではなぜ、お客様に「本物」をすすめないのか?

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幸せな家づくりの
パートナー
三代目社長 田中 慎也

それは、本物を勧めると値段が高くなり、仕事が取れなくなるからです。
ですが、自分は本物の良さを知っているので、自分の家には本物を使うのです。

私は、無垢財と自然素材を使った家づくりを「本物の木の家」としてご提案したいと思っています。
そしてまた、それを、無理のない資金計画で提供したいと思っています。
そのためにコストを抑えより多くの方に本物の木の家をご提供したい。
それが私の思いです。

二級建築士・一級建築施工管理技士・住宅販売士
田中建築株式会社 代表取締役 田中 慎也

 

追伸
私は、大きな衝撃を受けて、「家族が幸せになる家づくり」を天職だと思うようになりました。
そしてまた、「職人さんが主役になれる」家づくりをしたいと思っています。

会社としては、創業1949年、私で三代目です。
企業の命題は永続することです。

永続しなければ、お客様の家を守ることが出来ないからです。

私の代では100年以上続く会社にし、お客様の家を守り続けていきたいと考えていますし
お客様同士も繋がりがもてる、アットホームな会社にしていきたいと考えています。

時代の変化は速いので、常に学んでいかなければなりませんが、
私たちを信頼していただけるお客様に幸せになっていただきたいと、心から願っています。

自社が造った家には一生責任を持つという覚悟があります。
「家づくり」を「幸せづくり」にする。
この信念を、これからも貫いてまいります。

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